「 密室の会話も盗聴される韓国 」
『週刊新潮』 '05年8月4日号
日本ルネッサンス 第176回
韓国の国家安全企画部(安企部・国家情報院の前身)による不法盗聴テープ、Xファイルの暴露で韓国が揺れている。現時点ではどこまで事件が広がるかは見えてこないが、盧武鉉大統領が指名し、今年2月に赴任したばかりの駐米大使、洪錫炫(ホンソクヒョン)氏はすでに辞任を表明した。捜査の進展具合によっては駐米韓国大使の逮捕にも発展しかねない。
ことの起こりは7月21日のMBCテレビの報道だった。MBCが大々的に伝えたのは、97年の大統領選挙を前に駐米韓国大使と財閥の三星グループの李鶴洙副会長の2人が有力候補に対する裏金献金工作を2人きりで密室で語り合っている生々しい内容だ。報道によると、当時三星グループが金大中、李会昌両候補に選挙資金を渡し、その他にも広範なロビー活動を展開していたこと、そこに巨額の資金が絡んでいたことは明らかだ。
洪大使は以前、三星グループと関係の深い新聞、『中央日報』の会長だった。つまり、今回のテープは三星が会社ぐるみで政界に働きかけていたことと共に、韓国政府による不法盗聴活動の一端をも明らかにしたわけだ。しかも、テープは盗聴という、政府による不法行為の証であるから、本来なら外部に流出する性質のものではないにもかかわらず、それがマスコミの手に渡ったのである。
不法テープの報道と公開に関連して、事前に情報をキャッチした洪大使と李副会長が裁判所に差し止めを請求し、裁判所が認めたために、肉声の会話が公開される事態は回避された。しかし報じられた内容は十二分に衝撃的で、他社も一斉に後追い報道に走った。この種のテープの存在は実は以前から指摘されており、各社とも水面下で取材を進めていたのだ。余波は現在も広がりつつある。
盗聴で葬られる敵
関係者らの証言によると、安企部の盗聴工作は国内情報活動を担当する「対共政策室」の「ミリム(美林)チーム」など複数の特殊チームによって行われたという。今回報じられたテープの内容は97年当時のものだ。文民政府と呼ばれた金泳三政権の時である。同政権の盗聴の対象は極めて広範で、政治、経済、言論界は無論、大統領の下で働く部下や各省の幹部職員をも含むという。
『中央日報』の首脳が盗聴されていたとすれば、他の有力紙、『東亜日報』『朝鮮日報』の首脳らも、さらに三星以外の財閥グループ首脳の会話も全て盗聴されていたことは想像に難くない。
金泳三政権が不法盗聴を大いに活用した背景には次男の金賢哲(ヒョンチョル)氏の存在があると言われる。高麗大学出身の賢哲氏は父親が大統領に就任すると、同大学の人脈を利用して、行政府の把握を確固たるものにしようとした。高麗大人脈のひとりに先輩の呉正昭(オーチョンソ)氏がいた。彼は安企部の地方支部に配置されていたのを引き立てられ局長に昇進、1年後にはなんと第一次長(次官)へと破格の昇進を遂げた。
情報を扱う安企部の次官はただでさえ、他省の次官とは格が違う。そのうえ呉氏には大統領の息子の賢哲氏、さらには大統領の後ろ盾があるのは明らかで、上司でさえも軽々に物が言えなかったと言われるほど、氏は絶大な権限を有した。
特殊チームとしての「ミリムチーム」は、以前から存在はしていたものの休眠状態にあったのを賢哲氏と呉氏が組んで活用したと言われている。不法盗聴で得た情報を呉氏は賢哲氏に報告し、賢哲氏は父親の金泳三氏に上げたはずだが、情報が不法な盗聴によって得られていたことを大統領自身が認識していたかは不明である。しかし、情報の“氏素性”はわからなくても、大統領はその情報を大いに活用した。たとえば大統領秘書室長の朴寛用(パクカンヨン)氏や大統領警備室長の朴相範(パクサンボン)氏らは或る日突然、辞任した。報道によると、彼らは権勢を誇る賢哲氏の専横ぶりを批判した会話を盗聴され、それを問題視されて辞任に追い込まれたというのだ。
その他にも金泳三大統領は度々“サプライズ人事”と言われる人事異動を行ったが、そうした一連の判断に盗聴によって得た情報が絡んでいたとの見方は否定しきれない。
金泳三氏の後に政権に就いた金大中氏は、前政権下で情報活動に携わった多くの幹部らを粛清、退職させた。今回のテープは、詰腹を切らされた元官僚たちがコピーして持ち出したものである可能性があるのだ。
前政権の職員を粛清したからといって、金大中政権下で、或いは現政権下で盗聴がなくなったとは思えない。なにしろ、その手法は技術革新に伴って変化を遂げたと報じられている。最も大きな変化は以前のように莫大な資金と人手を要する作業ではなくなった点だそうだ。
ちなみに、金泳三政権下の悪事は金大中政権下で暴かれ、賢哲氏は収賄容疑で逮捕され、有罪判決を下され、すでに刑期を終えている。
問われる盧武鉉政権の姿勢
問題は、この事件がこれからどう進展していくのかである。
盧武鉉大統領に近い市民の政治団体『参与連帯』は7月25日に、三星グループ会長ら20人を「不法活動に関連した」として、検察に告発した。同日、盧武鉉大統領が国家情報院に真相の究明を命じた一方で、法務長官は同事件に本格的に取り組むことを決定した。三星グループは国民への謝罪文を発表し、同グループと密接な関係のある『中央日報』も、厳しく反省するとの社説を掲載した。
三星グループに対して不法献金等を追及する流れは加速するかに見える。このことは盧武鉉政権にとっては好都合である。なぜなら『中央日報』は『朝鮮日報』『東亜日報』と共に、盧武鉉大統領が目の仇にする全国紙で、盧武鉉大統領は今年1月1日に成立させた言論改革法等で全国紙への厳しい締めつけを実施してきた。今回の事件は、さらに『中央日報』を追い詰める材料ともなる。
しかし、盧武鉉大統領が政治的に同テープを利用しようとすれば、別の問題も生じてくる。まず、なぜ、三星グループなのかという疑問の浮上である。三星グループは韓国の財閥の中では、政権から、特に金大中、盧武鉉と二代続く左翼政権から、最も距離を置こうとしてきた。それまでの政権と密着してきた現代グループと比較すれば、姿勢の差は明らかであり、政界への不法献金や働きかけを糾弾するなら、三星だけでなく、現代をはじめ他の財閥への調査もすべきだという意見は少なくない。
歴代の政権が不法行為を行ってきたことは論外であり、その不法行為の一端が白日の下に晒らされたいま、捜査は政権内に深く根ざしている不法体質と不法資金を私してきた前政権等についても調べるのが筋だ。そうしてはじめて韓国は、国家運営を公正かつ合理的に構築し直していくことが出来る。果たして盧武鉉大統領にそれが出来るだろうか。